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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)103号 判決 1978年5月16日

原告 大塚チカ ほか二六名

被告 建設大臣

訴訟代理人 岩渕正紀 遠藤きみ 齊藤明 ほか三名

主文

本件各訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は各事件につきそれぞれ同事件原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(昭和四七年(行ウ)第三六号事件原告ら)

1  主位的請求

被告が昭和四六年一二月二八日にした別紙目録(一)記載の建設省告示第二一六一号は無効であることを確認する。

2  予備的請求

被告が昭和四六年一二月二八日にした別紙目録(一)記載の建設省告示第二一六一号は取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

(昭和四九年(行ウ)第一〇三号事件原告ら)

1  主位的請求

被告が昭和四九年四月二四日にした別紙目録(二)記載の建設省告示第六二四号は無効であることを確認する。

2  予備的請求

被告が昭和四九年四月二四日にした別紙目録(二)記載の建設省告示第六二四号は取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

(昭和五二年(行ウ)第三〇二号事件原告ら)

1  被告が昭和五一年四月一七日にした別紙目録(三)記載の建設省告示第七五四号は無効であることを確認する。

2  (主位的請求)

被告が昭和五二年五月一四日にした別紙目録(四)記載の建設省告示第八〇五号は無効であることを確認する。

(予備的請求)

被告が昭和五二年五月一四日にした別紙目録(四)記載の建設省告示第八〇五号は取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前

主文と同旨

2  本案

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告らは、いずれも地代家賃統制令(以下、「令」という。)の適用のある土地又は建物の賃借人であるが、被告は、令五条に基づき、昭和二七年一二月四日付建設省告示第一四一八号の一部改正として、昭和四六年一二月二八日に別紙目録(一)記載の告示(建設省告示第二一六一号、以下、「昭和四六年告示」という。)を、昭和四九年四月二四日に別紙目録(二)記載の告示(建設省告示第六二四号、以下、「昭和四九年告示」という。)を、昭和五一年四月一七日に別紙目録(三)記載の告示(建設省告示第七五四号、以下、「昭和五一年告示」という。)を、昭和五二年五月一四日に別紙目録(四)記載の告示(建設省告示第八〇五号、以下、「昭和五二年告示」という。)をなした(以下、一括して「本件各告示」という。)。

二  しかし、本件各告示は以下の理由によりいずれも無効である。

1 令の立法趣旨は、その一条にいう地代、家賃の統制により、一般物価の高騰を防止し、国民生活の安定を図るというだけにとどまらず、憲法二五条の生存権の保障に見られる福祉国家への指向に則し、より積極的に大都市における著しい住宅難と高額賃料の重圧という実態の前に、賃料の統制により貧困者や低所得者層の住宅確保を目的とするものであり、令で定める統制額も右趣旨にそうものでなければならない。

しかるに、本件各告示は、以下のとおり、その内容において憲法二五条、令一条に違反するものである。

(一) 昭和四六年告示について

右告示により、統制額(いずれも月額)の算定方式は、従前の

地代=(昭和38年度固定資産評価額×22/1000+その年度の固定資産税額+その年度の都市計画税額)×1/12

家賃=その年度の固定資産評価額×3.7/1000+7.26×建物延面積+その年度の都市計画税額×1/12+地代相当額

から、

地代=(その年度の固定資産税標準額×50/1000+その年度の固定資産税額)×1/12+その年度の都市計画税額×1/12

家賃=その年度の固定資産評価額×18.24/1000+その年度の都市計画税額×1/12+地代相当額

に改正された。

この結果、統制額はその額において平均二・七倍の増額となり、また、計算の基礎として「当該年度の固定資産税額標準額」を用いることとしたため、従前と異なり、毎年統制額が増額される結果となり、ところによつては一般の約定賃料と等しいか、またはそれより高額の統制額が算定されるという極めて不当な結果を招来し、危胎にひんした国民の生存権としての住生活を一層破壊するに至つた。これは、令の立法趣旨に反し、令の実質的な撤廃に等しく、かかる告示は憲法二五条、令一条に違反し、無効である。

(二) 昭和四九年告示について

右告示による統制額の算定方式は、

地代=(昭和48年度の固定資産標準額×50/1000+その年度の固定資産税額)×1/12+その年度の都市計画税×1/12

というのである(家賃については、昭和四六年告示による方式と変わりがない。)。

右告示は計算の基礎として昭和四八年度の固定資産税標準額を用い、統制額の高値固定をしたものであつて、その結果、統制額が約定賃料より高額となるもの(又は約定賃料の大巾な値上げ)が続出し、昭和四六年告示の不当性をより一層拡大するに至つた。したがつて、右告示は令の実質的な撤廃に等しく、憲法二五条、令一条に違反し無効である。

(三) 昭和五一年告示及び昭和五二年告示について

昭和五一年告示による統制額の算定方式は、

家賃=その年度の建物の価格×1.91×17.08/1000+(その年度の固定資産税額+その年度の都市計画税額)×1/12+地代相当額

であり(地代及び地代相当額については、昭和四九年告示による算定方式と変わりがない。)、昭和五二年告示によるそれは、

家賃=その年度の建物の価格×2.79×17.08/1000+(その年度の固定資産税額+その年度の都市計画税額)×1/12+地代相当額

であるが、これらはいずれも「地代、家賃を統制して国民生活の安定を図る」という目的で制定された令を骨抜きにし、その実質的撤廃に等しいものであつて、憲法二五条及び令一条に違反し無効である。

2 また、令五条一、二項によれば、建設大臣は地代又は家賃の統制額(停止統制額・認可統制額)が「公正でない」と認められるに至つたものについては、右統制額に代わるべき額を定めることができる旨を定め、更に同条四項は右額、適用区域、修正率の決定は、告示によつてなすことを定めている。しかし右の点は以下の理由により無効である。

すなわち、令五条一、二項は、建設大臣に白紙委任的な立法行為を委ねた点で、立法権を国権の最高機関たる国会の専権とした憲法四一条に反するものである。令五条は、一条の立法目的に照らし最も重要な事項である統制額の決定を白紙委任的に建設大臣の裁量に委ねている。統制額のいかんが立法目的の達成を左右する極めて重要な事項であることから、かかる事項を立法機関たる国会による審議を経ることなく、建設大臣に委任することは許されない。

したがつて、令五条に基づいてされた本件各告示は無効である。

3 仮に、そうでないとしても、建設大臣の告示改正は無制限ではなく、統制額が令一条の立法目的に鑑みて公正を害するに至つた場合で(告示発令の要件)かつ告示の内容が立法目的に適合するものでなければならない(告示の有効要件)。しかるところ、本件各告示は、いずれも右の要件を欠くものであり、裁量権の濫用であり、無効である。

三  仮に、右無効の主張が認められないとしても、昭和五一年告示を除くその余の本件各告示は、前記二記載の理由により違法であるから、いずれも取消しを免れない。

(請求原因に対する被告の認否)

一  請求原因一は認める。

二  同二の1ないし3は争う。ただし、1の(一)ないし(三)のうち、本件各告示による統制額の算定方式についてはいずれも認める。

三  同三は争う。

(被告の主張)

一  本案前の主張

1 本件各告示は、建設大臣という行政機関の行為ではあつても、その実質は令五条一、二項の委任に基づいて令自体の内容を補完する一般的、抽象的な法規範の定立行為であつて、通常の行政処分のような特定人に対する法の執行とは形式的にも実質的にも異なつている。このように、本件各告示の制定が法規定立行為すなわち立法行為の性格を有するものである以上、かかる告示は、司法審査手続たる抗告訴訟の対象とならないものと解すべきである。

2 抗告訴訟の対象たる行政処分というためには、行政庁の当該行為によつて個人の具体的権利義務ないし法律上の利益に直接法律的変動を与える場合に限られると解されるところ、本件において原告らがその賃貸人らに具体的に支払うべき地代、家賃は原告らと賃貸人らとの個別的私法契約によつて定まるものであり、本件各告示そのものは原告らの具体的権利義務ないし法律上の利益に直接法律的変動を与えるものではない。

なぜなら、本件各告示によ三し改正前の告示による統制額より高額の新しい統制額が決定されても、原告らとその賃貸人らとの間で具体的賃料を増額させるためには少くとも賃貸人によるその旨の賃料増額請求の意思表示がなされることが必要なのであつて、本件各告示によつて直らに具体的な賃料が自動的に新統制額まで増額されるわけではないからである。

したがつて、本件各告示は抗告訴訟の対象となるべき行政処分には当たらない。

3 また、原告らは、本件各告示の無効確認又は取消しを求める法律上の利益を有する者であるとは認められない。

すなわち、令の適用がある場合であつても、令一〇条によれば、裁判、裁判上の和解又は調停による場合には、統制額に拘束されることなく適正な地代又は家賃の額を定めることができるのであつて、貸主としては裁判等の手続を経て統制額を超える賃料を確定することが法的に可能である(最高裁第一小法廷昭和五一年六月三日判決、民集三〇巻六号五七一ページ参照)。したがつて、たとえ本訴において本件各告示の無効確認ないし取消しが認められたとしても、そのことによつて、原告らが貸主から本件各告示前の従前の告示に基づく統制額を超える賃料の請求をされないことを保障されるということには決してならないのであり、他方また、具体的契約において貸主から請求された賃料額が本件各告示に基づく統制額以下であつたとしても、その領が適正賃料を超えるものであれば、借主としては裁判等の手続によつて適正賃料額の確定を求めることが可能であつて、そのような借主の地位は、本件各告示の無効確認ないし取消しが認められると否とに拘らず法律上原告らに認められて、いるのであるから、原告らは、本件各告示の無効確認又は取消しを求める法律上の利益を有しないのである。

右被告の主張に対しては、本件各告示の無効確認又は取消しが認められれば、原告らとしては、裁判等の手続はともかく、任意の契約をするに際して貸主から従前の告示に基づく統制額を超える賃料を請求されないという利益を有することになるとの反論がなされるかも知れない。

しかし、具体的契約における賃料の額は、あくまでも最終的には適正賃料額との関係で決まるものであるから、適正賃料額が告示に基づく統制額を超える場合に、貸主が、裁判等の手続をきらうなどの理由で、統制額の範囲内での賃料額しか請求しないことがあるとしても、それによつて借主が受ける利益は、貸主が正当な権利を行使しないことによる反射的な効果にすぎないのであり、また、本件各告示の無効確認又は取消しによつて右のようなことが期待されるとしても、それは単に事実上の期待にとどまるものであつて、このような反射的効果あるいは事実上の期待にすぎないものが法律上の利益に該当しないことは多言を要しない。

4 既に述べたように、本件各告示による統制額は具体的賃料を直接決定するものでないのみならず、裁判等によるときは具体的賃料の決定において統制額の制限を免れることもできるのであるから、統制額の増額によつて、賃借人は必ずしも直接具体的に権利あるいは法律上の利益を侵害されるわけではなく、その抽象的可能性があるというにすぎず、本件各告示を行政処分とみても、このような段階で出訴を認めることは訴訟の対象となるべき争いの成熟性に欠けるものである。結局、賃借人としては、具体的に賃料増額請求がなされた場合に裁判等の手続において争えば足りるといわざるを得ない。

したがつて、本訴はいずれも具体的事件性又は争いの成熟性を欠いており、不適法な訴えというほかない。

5 なお、昭和四九年告示の無効確認又は取消しを求める訴えについては、右告示が統制額の算出の基礎となる固定資産税標準額を「当該年度の額」(昭和四六年告示)から「昭和四八年度の額」に据え置く旨改正したものであり、現在の土地価格の高騰に照らせば、同告示は原告らにとつてむしろ有利な改正であることからいつて、原告らには、その無効確認又は取消しを求める訴えの利益がないというべきであり、右訴えは不適法である。

6 以上のとおり、本件各告示はいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないのみならず、原告らには本件各告示の無効確認又は取消しを求める法律上の利益がなく、また、本訴はいずれも具体的事件性又は争いの成熟性を欠いており、更に原告らは、昭和四九年告示の無効確認又は取消しを求める訴えの利益を有しないから、右いずれの点からしても、本件各訴えは不適法であり却下されるべきである。

二  本案の主張

1 令は、当初は国家総動員法に基づく勅令として昭和一四年に公布施行され、戦争遂行のための物価安定策の一環として実施されてきたが、終戦後においても、異常な住宅難による地代家賃の急騰を防止するために継続されてきたものである。

すなわち、令の立法趣旨は、高額な地代家賃の抑制を図るとともに、貸地貸家の経営に適正な利潤を得させることによつて、その供給を維持、促進し、住宅難の緩和を図ることにある。このことは、令一条の「この勅令は、地代及び家賃を統制して、国民生活の安定を図ることを目的とする。」との文言にも示されているところであつて、原告らが主張するように憲法二五条の最低限度の生活を保障するという性質のものではない。

2 令五条によれば、建設大臣は賃料の統制額で公正でないと認められるに至つたものについては、その賃料の統制額に代わるべき額を定めることができることとされているが、このように統制額の決定を建設大臣の告示に委任することは憲法四一条に何ら違反しない。

すなわち、委任命令の合憲性は、形式的には憲法七三条六号に基づくものであるが、その必要性は、現代国家における専門的、技術的事項に関する立法の要求の増大、事情の変化に即応する機敏な適応性が要求される事項についての立法分野の拡大等によるものである。しかるに、地代家賃の統制額の改訂は、何よりも社会、経済情勢の変化に応じ、これに機敏に対処する必要があるのみならず、統制額の算出方法も専門的、技術的なものであるから、まさに委任命令によらざるを得ない場合であつて、令五条は何ら憲法に違反しない。

また、地代の統制額の改訂は「公正でないと認められるに至つたものについて」(令五条一項)、家賃の統制額の改訂は「公正でないと認められるに至つたものについては、建設省令で定める方式及び標準に従つて」(令五条二項)されることになつている。そして、建設省令(地代家賃統制令施行規則)では、家賃の統制額についての統制額の改訂は「租税、地代又は必要経費に足らぬものに対して定める。」(同規則一条)とされている。

地代、家賃の算出方式については、資本利子、管理費等を考慮して土地、家屋の価格を基準として算出した額に土地、家屋に対する租税を加算したものが、合理的方式として社会通念上当然予定されているし、資本利子、管理費等を考慮して定めるところの土地、家屋の価格に乗ずる一定率はその時々の経済、社会情勢により変動せざるを得ないものである。したがつて、令において統制額が「公正でないと認められるに至つたものについて」というような定め方をしたからといつて、地代、家賃算出のためいかなる方式を採ることも行政庁の自由に任されているわけのものではないから、右のような方法により統制額に代わるべき額を決定することを行政庁に委任することは、いわゆる白紙委任というべきものにはおよそ該当せず、適法である。

なお、仮に、令による委任が違憲無効であるとするならば、改訂後の統制額のみならずおよそ統制額なるものが存在しないこととなり、原告らの主張する「統制額を超えて賃料を請求されない地位」なるものも、その前提を欠くに至ることはいうまでもない。

3 本件において、被告が告示を改正するに至つた理由は次のとおりである。

昭和四四年度建設省計画局の調査によれば、昭和四四年度の六大都市の統制対象物件の実際の賃料の統制額に対する比率(平均。以下同じ。)は、家賃については約五・四倍、地代については約二・二倍であり、令の平均遵守率は家賃について三・四パーセント、地代について一二・五パーセントであつた。更に、同年度の統制対象外賃料の統制額に対する比率は、家賃について約一〇倍、地代について約二倍であつた。

昭和四五年度建設省計画局の調査(昭和四六年告示改正時には調査結果は判明していなかつたが。)によれば、昭和四五年度の六大都市の統制対象物件の実際賃料の統制額に対する比率は、家賃について約六・四倍、地代について約二・六倍であり、統制令の平均遵守率は、家賃について三・八パーセント(地代については集計がない。)であり、更に統制対象外賃料の統制額に対する比率は、家賃について約一五・五倍、地代について約三・四倍であつた。

右の結果をみれば、賃料の統制額と統制対象外賃料との格差は、家賃について著しいことはもちろん、地代についても無視し得るものではなく(権利金の授受の存否を考慮すればなおさらである。)、昭和四五年度の統制家賃から公租公課を差し引いた残額は三・三平方メートル当たり六〇円、同じく統制地代の残額は三・三平方メートル当たり八円にすぎず、これでは、必要経費もまかなえず、土地、建物の資産としての収益力をほとんど否定するものであり、令の趣旨に反し、「公正でないと認められる」のみならず、かかる統制額を維持することは憲法二九条に違反する疑いさえ生ずるのである。更に、令の遵守率の著しい低下は、一部の善良な貸主にのみ犠牲を強いる結果を意味しており、この面からみても公正なものとはいえない状況にあつた。

このように、被告は告示改正の必要に迫られていたのであるが、告示改正によつて、賃料が急激に上昇し借主の負担が過重にならないように十分配慮したものであり、その結果本件告示改正は、計算方法において、低額所得者向けに建設される公営住宅乙種の家賃以下とし、土地評価についても時価のおよそ三分の一以下でしかない固定資産評価額より更に低い固定資産税課税標準額を基準としている。

ところで、昭和四六年告示による統制額は、平均して地代については約二・七倍、家賃については約二・八倍に引き上げられたものである。

建設省試算による昭和四六年度の統制対象外賃料の統制額に対する比率は、家賃について約一二・二倍、地代について約三・四倍(権利金を考慮すればさらに格差が増大する。)、昭和四六年度の建設省計画局の調査によつても、家賃について約一八倍、地代について約三・二倍である。

そして、昭和四六年告示による統制額の引上げ率は、平均において、家賃では昭和四五年度の統制対象家賃の実際賃料と統制額の格差の約二分の一にすぎないし、地代でも同年度の実際賃料と統制額の格差と同程度であるから、賃借人に過大な負担を強いるものではない。

なお、昭和四六年告示後の昭和四七年度の経済企画庁の調査結果をみても、東京、大阪における統制家賃は統制対象外家賃の二五パーセント以下である三・三平方メートル当たり約五二〇円、統制地代は統制対象外地代の八〇パーセントである三・三平方メートル当たり一三〇円であるにすぎない。

(原告らの反論)

一  本案前の主張について

1 被告は、本件各告示は一般的、抽象的規範を定立する法規定立行為たる性格を有するものであるから抗告訴訟の対象となり得ない旨主張する。

確かに、一般的・抽象的に言えば、告示は不特定多数または特定多数の者に対する関係で、抽象的規範を定立するものであるが、その告示内容を、実質的・具体的に検討して、国民の具体的権利、義務ないし法律上の利益に変動を来たし、告示そのものを争わなければ、その権利救済を全うすることができないような場合は、右告示によつて影響を受ける特定人に対する関係において、実質的には行政処分の作用を営むものである。

すなわち、告示が、一面では被告主張のように立法行為であつても、他面において、後記2ないし5のとおり原告ら特定人に対し直接法律上の不利益を与える場合は、実質的な効果に着目して、これを行政処分と解すべきである。

2 被告は、本件各告示によつて賃料が自動的に新しい統制額にまで引き上がるものではないから、本件各告示は原告らの具体的権利義務ないし法律上の利益に直接法律的変動を与えるものではない旨主張し、本件各告示のいわゆる「直接性」を否定している。

しかし、原告らのように令の適用を受ける賃貸借の場合には、一般の契約と異なり契約の重要な要素である賃料額については、その上限について法定されており、その限度において私的自治(契約自由の原則)の範囲外におかれている。したがつて、本件各告示は、契約当事者に対する意思表示の規制的役割を持ち、当事者の意思でこれを左右できない関係にある。このように、当事者の具体的な意思表示と無関係に、当事者の意思表示を概括的にせよ限定する効力をもつ行為は、それが立法的性質をもつものであつても「直接性」を有するものと解すべきである。

そして、告示による統制額の変更は後記3の原告らの法律上の地位に直接的に著しい変動をもたらすのであつて、それは単なる事実上の影響ではない。

確かに、原告らが現実に支払うべき具体的な賃科は、被告主張のように各賃貸人との個別の私的契約によつて決定されるが、統制額自体は当事者の私的契約内容で律せられる範囲外であつて、個別の私的契約の如何とはかかわりがないことであり、加えて、爾後の個別契約は新規統制額の拘束を不可避的に受けるのであり、そのもたらす影響は甚大である。

また、賃料増額をめぐる紛争に関する従来の裁判例の動向からみれば、告示改正によつて統制額が増額されると、その限度額までの賃料増額を安易に容認することが予想され、この告示改正そのものを争い、その違法性を明らかにしておかない限り、地代、家賃の増額を余儀なくされる可能性が極めて高いといわざるを得ないし、裁判外での賃料の決まり方についても、統制額の変更が極めて大きい影響を与えてきていることもいうまでもない。そして、現に、本件各告示後、原告らの賃料額は著しい影響を受けているし、全国各地でいつせいに貸主の賃料増額請求が頻繁に発生し、国民生活に深刻な影響が現れてきているのである。

3 本件各告示によつて侵害された原告らの法律上の利益は「従前の統制額を超える賃料を請求されないという法的地位」である。原告らが、かかる法律上の地位を有することは、令三条が「借地又は借家の貸主は、借地又は借家について、停止統制額又は認可統制額を超えて、地代又は家賃の額を契約し、又は受領することができない」と定めていること、及び令一八条が右三条の規定に違反した者等に対する罰則を定めていることからいつて明らかである。この法律上の地位は、違反者に対して刑罰を科してまで保護している強固な地位であり、右条項に違反した契約の私法上の効果は、民法九〇条によつて契約自体無効とされるのである。

このように、令の適用のある借地借家人は、令によつて、統制額を超える賃料を請求されないという強固な法的地位が保障されているのである。しかるに、本作各告示によつて認可統制額が従前以上に高額に変更されたため、原告らはいつでも新規の統制額を請求されるという不利益な立場に立たされることとなり、右法的地位を直接に侵害されるに至つたものである。

4 被告は、「統制額を超えて賃料を請求されない法的地位」は、令一〇条によつて、統制額に拘束されることなく統制額以上の適正地代又は家賃の額を定めることができるのであり、他方、また、具体的契約において本件各告示に基づく統制額以下の請求がされた場合であつても、その額が適正賃料を超えるものであれば、借主が裁判等の手続によつて適正賃料額の確定を求めることが可能であるから、認められない旨主張する。

これは原告らの主張に対する被告の曲解である。原告らが主張しているのは、「令及びこれに基づく告示によつて認められている統制額を超えて賃料を請求されないという普遍的、一般的、客観的地位そのもの」であり、この地位は被告主張のように個々の事案において個別的、特殊的、例外的な処置がなされたとしても強固な地位そのものの評価に変化がない。そもそも、令一〇条は、令七条と共に個別契約において、当事者の一方から賃料の増減を請求した場合の個別的、例外的な規定であり、令五条でいう一般的な基準の定立の場合と全く場面を異にしている。したがつて、原告の主張する法的地位と令一〇条とは何ら矛盾するものではない。そして、令一〇条による統制額の変更の場合でも、無限定な裁量を認めるものではなく、令一条の立法目的との関係から限定的に解釈するというのが、判例の立場である。

5 また、昭和四一年法律第九三号借地法等の一部を改正する法律附則八項は、借地法一二条二項、借家法七条二項の地代、家賃の増額について協議がととのわない場合に、統制額が適正地代、家賃としての公定力を有するような解釈を生む余地を持つている。すなわち、右附則八項の趣旨につき、「当該増額請求にかかる地代又は家賃が令の適用のあるもので、その統制額の定まつている場合には、増額請求のあつたときに、その増額の請求により当然増額後の正当な地代又は家賃は、少なくともその統制額より下回ることはないのであるから(増額の請求があつた場合には、その意思表示により少なくとも統制額までは当然地代又は家賃が増額される。)その増額の請求を受けた借地権者や借家権者は、増額後の相当な額は、少くとも統制額と同一の額であるものとして、統制額と同一の額を支払うべきであるからである。したがつて、その統制額を超える増額の部分についてのみ借地法一二条二項又は借家法七条二項の規定を適用することとしているのである。(法曹時報一九巻七号、香川保一「借地法等の一部を改正する法律逐条解説」五〇ページ以下)」と解する考え方がある。原告らは、かかる解釈をとるものではないが、現実には告示改正後に、かかる考え方から大阪市東淀川区のある地主は、統制額までは借地法一二条二項の適用がない旨申し向けて、統制額までの賃料は、請求があれば、支払期日に支払わない限り賃料不払による賃貸契約解除の原因になると主張し、あるいは、長野県諏訪簡易裁判所に右統制地代を支払わなかつた借地人に対し、賃料不払を理由に契約解除による明渡訴訟が起されており、右統制額に適正地代、家賃としての公定力をもたせようとの考え方に従つて、値上げ要求をしてくる事例は、今後激増することは明らかである。

このように、本件各告示は原告らの従前の統制額を超えて提供、供託しなくとも、解約されることのない法律上の地位に大きな影響を与え、原告らに、新統制領まで提供、供託しなければ契約解除の危険にさらされるのではないかという現実的かつ深刻な不安を与えているのである。

6 被告は、統制額の増額によつて賃借人は必ずしも直接具体的に権利あるいは法律上の利益を侵害されるわけでなく、その抽象的可能性があるというにすぎず、現実に原告らがその賃貸人から賃料増額の請求を受けた段階でこれを争えば足りるのであるから、本訴は具体的事件性ないしは争いの成熟性を欠くと主張する。

確かに具体的事件を離れて抽象的に法令等の合憲性を判断することは許されないが、本件のごとく明白にその法的利益を侵害された原告らが、その侵害した違法な告示の無効を争うことはまさに具体的な争訟であつて、何ら抽象的判断を求めるものではないし、また、本件においては行政処分としては本件各告示が最終のものであつて、これに続く行政処分は全く予定されていないという意味において行政訴訟の対象としては本件各告示を対象とするほかなく、本訴の成熟性は十分である。

また、原告らがその賃貸人らの賃料増額請求に応訴して、そこでの前提問題として本件各告示の違法性を争う余地があるとしても、右違法性が単に取り消し得べき瑕疵にとどまる場合には出訴期間との関係上、実際問題としてはこれを争うみちは閉ざされることになるし、個々の訴訟で賃借人らが個別的に本件各告示自体の効力を争うことは、その訴訟担当能力からして不可能に近いのみならず、これを争う場合には、5で述べたように、少なくとも統制額相当の賃料を供託しない限り、契約解除ないし立退きという重大な危険を避けることができないのである。このように原告らが各賃貸人との民事訴訟において告示の効力を争う余地があるといつても、それは全く形式的で実質を伴わないものである。

したがつて、本訴を不適法とすることは、実質的に原告らの争うみちを奪うこととなるのであつて、このような場合にまで行政訴訟の対象を制限することは到底許されるものではない。

7 以上のとおり、本件各告示は、原告らの法律上の地位ないし法的利益を直接侵害するものであつて、抗告訴訟の対象たる行政処分であり、原告らにはその無効確認ないし取消しを求める原告適格があるというべきであるから、本件各訴えは適法である。

二  本案の主張について

1 本件各告示の改正経過を見てみると、被告は、その過程において、学識経験者、各政党、国民代表らから全く意見聴取をしなかつたばかりか、令が対象借地借家に対する統制を通じて、全借地借家の賃料を規制する機能を有している点を無視して、本件各告示が統制対象外の賃料に及ぼす影響を全く考慮していないのであつて、これらの点からいつても本件各告示が行政庁の裁量の範囲を超えてされたものであることが示される。

2 被告は、建設省計画局の調査に基づく数値を根拠として、統制額が「公正でないと認められるに至つた」と判断した旨主張するが、右調査の内容には借地人自らが居住するための借地の地代が合まれておらず、また、調査の標本数が限定されているうえ、毎年の調査対象の選定方法が異なつており、更に調査員の選任などかなりずさんな方法で調査が行われているのであつて、右調査の内容は信頼度や精確度に著しく欠けているといわざるを得ないばかりか、個々の数値すなわち統制対象物件の実際賃料と統制額との格差、令の遵守率、統制額と統制対象外賃料との格差自体甚しく不正確で、かかる調査結果に基づく本件各告示の改正は何らの合理性をもち得ない。

3 また、本件各告示による統制額の算定方式は、地代は貸付元本である土地の価格の利子であるという考え方、すなわち積算方式をとつており、ここに大きな欠陥を有している。このような土地の価格と地代をあたかも貸付金とその利子の関係と同一視する方式については、果たして土地と貸付金とが同性格のものであるか問題であつて、経済学的に考察すると非常な疑問がある。むしろ、地代は利潤の分配として考えられるべきものであつて、土地の価格とは直接何らの関連はないのであり、反対に土地の価格こそ地代を資本還元することによつて結果として表示されるものといわなければならない。しかるに、被告は、告示改正に際してかかる積算方式の是非につき検討すらしていないのである。

ところで、被告は、地代についての基礎値を昭和四六年告示によつて従前の固定資産評価額から固定資産税課税標準額に改めたが、基礎値をなにゆえに評価額でなく課税標準額にしたかの点について何らの理論的裏付けが見られないのである。

また、昭和四六年告示による算定方式によると、固定資産税課税標準額は、原則として毎年引き上げられるため、「その年度の課税標準額」を基礎値とする以上毎年統制額の引き上げが自動的に招来されるのであり、これでは果たして、令一条の立法趣旨に合致するものか、多大の疑問が存するものといわなければならない。このように昭和四六年告示について、欠陥が存したことは、昭和四九年告示によつて、自ら明らかにしたところである。すなわち、「その年度の固定資産税課税標準額」をそのまま放置していけば、ますます、一般地代との格差が開き、統制額の不合理性=告示改正の違法性が明確となるため、「昭和四八年度の固定資産税課税標準額」で停止させたものである。

しかしながら右の新たな告示改正が合理的なものであるかについては、何ら根拠となるものはないのである。単に、毎年、統制額が引き上げられることをおしとどめたというにすぎないのである。なに故、どんな理由から、「昭和四八年度の固定資産税課税標準額」が統制額の基準値として合理性を有するのであろうか。全くないのである。

更に、乗率を地代について従前の「千分の二二」から「千分の五〇」に改正しているが、これが統制額を算定する場合に用いられるべき乗率として合理的なものか否か、令一条との関係について全く検討されていない。

このため地主手取額が、従来の八・二五円から七八・七五円と九・五倍の増加をもたらす結果となつたのである、この増加された地主の手取額が正当なものであるか、また、この地主の手取額が経費に該当する固定資産税、都市計画税の合計とどんな割合になるかについても検討されないまま、告示改正がなされているのである。

また、統制額中に、固定資産税、都市計画税を含ませ、これを借地人、借家人に全額負担させることについては、本来、右税が所有者に対して課税されるものである以上、疑問のあるところである。しかし、この点についても、なんらの検討のあともない。

以上のとおりであるから、本件各告示が違法のものであることはいうまでもないところである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  本件各訴えの適否について考えるに、まず、原告らがその無効確認ないし取消しを求める本作各告示が抗告訴訟の対象たる行政処分に当たるかどうかについて検討する。

令は、その適用対象である借地、借家について、停止統制額又は認可統制額をもつてその賃料を統制し、もつて国民生活の安定を図ることを目的としているが(一条)、地代又は家賃の額は、物価の動向等社会、経済事情の変化に伴つて増減すべき性質のものであることに照らし、建設大臣は、地代、家賃の停止統制額又は認可統制額で公正でないと認められるに至つたものについて、これに代わるべき額等を定めることができ、この場合にはその額をもつて地代又は家賃の停止統制額又は認可統制額とすることとされている(五条)。そして、令の適用される借地又は借家の貸主は、右の停止統制額又は認可統制額を超えて、地代又は家賃の額を契約し、又は受領することを禁止され(三条)、その違反については刑罰が科されるのである(一八条)。

本件各告示は、いずれも令五条に基づいて被告が先に定めた昭和二七年一二月四日建設省告示第一四一八号(地代家賃統制令による地代並びに家賃の停止統制額又は認可統制額に代わるべき額等を定める告示)の一部改正として賃料額の算定方法を改めたものであるところ、この令五条に基づき建設大臣のする停止統制額又は認可統制額に代わるべき額等を定める行為(令五条四項により告示の形式によつてすることとされている。)は、既に見たように令が貸主に対し、その契約又は受領を禁止しようとするいわゆる統制賃料額を令の委任に基づいて直接定めるものであつて、その定められた賃料額は、令の適用される借地、借家について一般的に適用されるものであり、右行為はいわば令自体の内容を補完する性質を有するものである。この点で、本件各告示は、法規の執行として特定人の法律関係の規律を直接の目的としてされる通常の行政処分には該当せず、被告が主張するように立法行為(法規定立行為)たる性質を有するものといえよう。

しかし、行政庁の行為が、立法行為としての性質を有するものとみられるものであつても、それが同時に、それに後続する行政庁の具体的処分を待つまでもなく、直接特定人の具体的な権利義務ないし法律上の利益に法律的変動をもたらし、その行為を争わなければ他に適切な救済が得られないような場合には、その行為は通常の行政処分と同様抗告訴訟の対象たる行政処分に当たると解するのが相当である。

そこで、本件各告示が特定人特に原告らの呉体的な権利義務ないし法律上の利益に直接法律的変動を与えるものであるかどうかについて検討することとする。

二  土地、建物について賃貸借契約を締結し、賃料をいくらとするか等を定める自由は、元来、私的自治として契約自由の原則に属するものであるが、令は、国民生活の安定を図る目的(一条)から、地代、家賃の最高額を定め、それを超える契約等を禁止し、その限度で当事者の自由取引を制限することとしているのである。しかし、統制額は、単に賃料の最高限度額を定めているだけであつて、当事者間の具体的な賃料額をこれによつて定めるものではなく、当事者間における具体的な賃料の額はあくまで貸主、借主間の個別具体的契約によつて定められるものであることは、令の性質上当然のことである。したがつて、原告らが主張するように、本件各告示によつて統制額が増額されたとしても、それによつて直ちに従前の当事者間の契約内容が当然に当該統制額どおりに変更されるわけのものではなく、借主の支払うべき具体的賃料の額が自動的に新統制額まで増額されるというわけのものではないのである。

すなわち、本件各告示によつて統制額が増額されても、具体的に貸主と借主との間の契約内容として賃料が増額され、借主が従前の額以上の賃料を支払うべき義務を負うに至るためには、少なくとも貸主において借主に対し従前の約定賃料を増額する旨の意思表示をすることが必要であり、しかも、借主においてその増額を肯んじない場合には、貸主としては裁判等によつてその実現を図るほかなく、最終的には裁判等によつて当事者間の具体的賃料の額が確定されることになるのである。ところで、本来、適正賃料は地域性、個別性を有し、呉体的に定められるべき性質のものであるのに対し、告示による統制額の決定は画一的、一般的なものであるから、必ずしも統制額がそのまま当該借地、借家の適正賃料額となるわけではなく、したがつて、右のように最終的に裁判等によつて解決される場合でも、統制額以下において具体的賃料の額が定まることになることもあり得るのである。

このように、統制額を増額する告示であつても、それは単に一般的に借主に対し、これを超える額の契約又は受領を禁止するにすぎず、これによつて当事者間の契約を当然に変更し、借主に対し統制額にかかる賃料の支払を義務づけ、あるいは貸主にその請求権を与えるものではないのであるから、本件各告示は、それによつて直接特定人の権利義務ないし法律上の利益に法律的変動をもたらすものではないと解するのが相当である。

もつとも、本件各告示により統制額が増額されると、これを契機として、貸主が借主に対し賃料を統制額相当額まで増額すべきことを求めることが多くなるであろうこと、また、賃料増額請求に関する訴訟事件等において適正賃料の判断要素の一つとして、実際上、統制額が考慮されるであろうことは十分予想し得るところといえよう。しかし、本件各告示が貸主に対し賃料増額請求権を賦与したものでないことはいうまでもなく、それが実際上貸主の増額請求を誘引する結果となるとしても、そのことは単なる事実上の問題にすぎず、本件各告示の法律的効果であるとはいえないのであつて、借主としては貸主の請求が不当であると考えれば裁判等でこれを争えば足りるというべきである。また、本件各告示は、具体的、個別的な借地、借家の適正賃料を定めるものでないことは既に述べたとおりであつて、統制額が賃料増額請求に関する訴訟等において重要な意味を持つといつても、それは単に適正賃料を判断するための一要素になるというだけのことであり、借主としては当該借地又は借家の適正賃料が統制額以下にあることを主張して貸主の請求の当否を争うことに少しも支障はなく、また、既に述べたとおり、裁判所も統制額以下の賃料を適正賃料として認定することを少しも妨げられないのである。

したがつて、本件各告示の影響として予想される前記事情は、いずれも本件各告示の単なる事実上の影響にすぎず、その法律的効果ということはできないから、本件各告示のいわゆる行政処分性を肯定する理由とはなり得ないものである。

三  ところで、原告らは、本件各告示は、従前の統制額を超える賃料を請求されないという原告らの法的地位を直接侵害するものであるから、抗告訴訟の対象たる行政処分に当たる旨主張する。

しかし、令一〇条によれば、裁判、裁判上の和解又は調停によつて地代又は家賃の額が定められた場合には、その額を認可統制額とする旨規定しているが、その趣旨は、令の適用のある借地又は借家につき裁判、裁判上の和解又は調停によつて地代又は家賃の額を定める場合には、必ずしも統制額に拘束されることなくこれを超えてでも適正な額を定め得るとしたものと解するのが相当である(最高裁第一小法廷昭和五一年六月三日判決、民集三〇巻六号五七一ページ参照)。そうすると、統制纐が定められているとしても、借主としては必ずしもその統制額を超える賃料を請求されないという保障はなく、裁判等によるときは、その額が適正なものである限り統制額を超える額の賃料が定められ、その請求を受けることとなるのである。したがつて、原告らの主張する「……請求されない法的地位」という趣旨が、借主は当該借地、借家の具体的な適正賃料の額いかんに拘らず、およそ統制額を超えて賃料の支払を請求されることがないということであるならば、原告らには、そのような法的地位はなく、右主張は失当であるというほかない。もつとも、当該借地、借家の適正賃料の額が統制額を超える場合であつても、貸主が裁判等の手続をきらうなどの理由で統制額の範囲内での賃料額しか請求せず、その結果、借主が利益を受けることも考えられる。しかし、そのような借主の利益は、貸主が正当な権利(増額請求権)をたまたま行使しない結果、反射的に亨受する事実上の利益にすぎず、これをもつて法律上の地位ないし利益ということはできないし、ましてや統制額を一定の額に定めたことの法的な効果といえないことはいうまでもない(なお、「借主は裁判等の手続によらない限り統制額を超える賃料の増額をされることはないが、賃料増額請求は借主が同意しない限り最終的には常に裁判等によつて解決するほかないのであつて、このことは統制額の有無、額いかんと何ら関係のない裏柄である。)。

また、原告らは昭和四一年法律第九三号借地法等の一部を改正する法律附則八項によれば、貸主からの賃料増額請求につき協議がととのわないときは、借主は少なくとも統制領と同一の額を支払わなければならず、あたかも告示によつて定められた統制額が適正賃料としての公定力を有するものと解される余地があり、したがつて、本件各告示により従前の統制額を超えて賃料を提供、供託しなくても当該賃貸借契約を解除されないという原告らの法律上の地位が侵害される旨主張する。

しかし、既に述べたように、本件各告示は令の適用される借地、借家の賃料の最高限度額を定めるもので、具体的、個別的な借地、借家の適正賃料を定めるものではないし、また、賃料増額請求を受けた場合における借主の支払うべき賃料額を定めるものでもないのであつて、本件各告示に原告ら主張の公定力が存するわけではない。また、原告らがその主張するような法律上の地位を有すると解すべき根拠は何ら存しない。借地法、借家法上、賃料増額請求をめぐる貸主、借主間の紛争が裁判によつて確定するまでの間、両者間の関係をどのように規律するかは右各法律において処理されるべき事柄であつて、たまたま統制額に準拠して処理すべきこととされたとしても、それが、統制額を定める本件各告示の法的効果といえないことはいうまでもない。したがつて、原告らの右主張も理由がなく、失当というほかない。

四  以上のとおり、本件各告示は、特定人の権利義務ないし法律上の利益に直接法律的変動を与えるとはいえず、抗告訴訟の対象たる行政処分に当たらないというべきであり、このように解したとしても、原告らとしては、貸主の増額請求に対して裁判上これを争い、具体的な賃料の適正額の確定を求めることができるのであるから(賃貸借契約を解除された場合には、解除の当否を争う過程で、当然に当該増額請求の当否を争うことができる。)、必ずしも不合理ということはできない。

これに対し、原告らは、民事訴訟においては統制額の当否を争うことが実質的に困難である旨主張すろが、原告ら借主の支払うべき賃料の額に関する紛争は、結局のところ、貸主の賃料増額請求について、個別、具体的にその当否を争うことによつて解決することが、紛争の実体にも合致し、妥当というべきであつて、原告らの主張するところは、いずれも本件各告示が抗告訴訟の対象たる行政処分に当たらないと解することについての妨げとなるものではない。

五  以上の次第で、原告らの本件各訴えはいずれもその余の点につき判断するまでもなく不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下薫 佐藤久夫 三輪和雄)

別紙目録(一)ないし(四)<省略>

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